楔19本目 暖かい家庭

私は2008年12月に、内観を受けたことがある。東京目白で一週間、外界との連絡を絶ち、ひたすら自分の内面に向き合う。最後に師匠にいわれたことは「あなたはたくさんの人から愛情をうけてきたが、きちんとうけとっていない」私はその意味が理解できたようでよく理解できていなかった。もっと感謝しなければ、と思っていたくらいだった。

現在私は義父、義母の下で暮らす妻の家に東京から通う週末であるが、義父、義母は私は私を自分の息子であるかのように大切に扱って、また実際はそうではないために適度に距離を取ってくださっていることを感じた。この状況になってもう3年以上たつが、初めて、自分は大切にしていただいているのだな、と感じた。私は人から親切にされたとしてもその行為自体について感謝をするが、その行為をしてくださった心をきちんと受け止めることが今までできなかった。今日、それを素直に受け止めることができたのではないか、と感じた。

自分の感じる気持ちを文字にするのはとても困難だ。たとえ話で説明するとすれば、今まで両手の手のひらで水を救おうとしたが指の間から水がすり抜けてしまい水を救うことができなかったが、今回、指の隙間を閉じたので、その分だけ水を救うことができた、ということだ。

与えられた愛情を受け取らないほうが、私には楽だったのだ。親切にしてくれたとしても実は私のことを相手はそこまで大切と思っていないかもしれない。期待できない。だったら受け止めずにとりあえずながして様子を見てみよう、私の心の奥底は、いつも、そんな気持ちでいたと思う。

もう何も恐れることはない。私は相手を信じ、常に手の平を掲げ、相手の思いをそのままうけとめてみようと思う。そこからしか人間関係はひろがっていかないだろうし。

 

足上げ20、スクワット20、肩20、腕立て30、日記